大阪の橋 

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大阪の橋/歴史と文化を見る

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「大阪」の呼称

大阪の古い呼称に「なにわ」がある。難波、浪速、浪華、浪花とさまざまな文字があてられるが、日本書記をはじめ、古事記、風土記など古代の書物では「難波」という文字が最も多く用いられており、これが江戸時代になると「浪華」、「浪花」が一般的に使われるようになる。一方「おおさか」が文献に登場するのは室町時代以降と考えられ、「さか」の文字には「坂」が長く用いられてきた。これが現在の「阪」になるのは明治になってからのことである。

大阪の橋

水の都大阪には古来多くの橋が架けられ、《なにわ八百八橋》とうたわれるほどですが、大阪の橋の歴史をひも解くと、今からおよそ1500年前の仁徳天皇14年に「猪甘津に橋為す」「號けて小橋と曰ふ」と日本書紀に記されています(現在の生野区には猪飼野、小橋という地名が残っている)。その後四天王寺の建立、難波宮の造営、大坂築城などを契機に大阪のまちづくりが進められましたが、特に天下の台所として栄えた江戸時代には多くの堀割(運河)が開削されて、夥しい数の橋が架けられました。この頃になると橋は日々の暮らしに欠くことのできない施設として、人びとに使われ、愛され、親しまれていったのです。大阪を舞台にした浄瑠璃や大阪の名所を描いた錦絵に頻繁に橋が登場するのも当然と言えるでしょう。また、河川の埋め立てなどによってなくなってしまった橋の名前が、駅名や地名として今もたくさん使われていることは、大阪の人びとにとって橋が特別の意味を持つものであることを示していると言えます。
大阪市では、大阪の代名詞とも言える橋を通じて、多くの人びとに大阪の歴史、大阪の文化への理解を深めていただくことを願って、「橋梁顕彰碑」の設置を進めています。大阪市民はもとより、大阪市で働き、学んでいる方々、そして仕事や観光で大阪に来られた方々にも、気軽に顕彰碑を見ていただけるようにと作成したものです。このHPでチェックして町へ出てみませんか。今まで知らなかった大阪が発見できるかもしれません。

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