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大阪の橋/歴史と文化を見る

大阪の橋

旧船場・島之内を中心に page  1 2 3

昔の大阪のまちでは、東横堀川と西横堀川に挟まれた区域のうち、長堀川より北を「船場」、それより南、道頓堀川までを「島之内」と呼んでいた。
高麗橋

高麗橋の高欄
 慶長9年(1604)に立派な擬宝珠を持つ橋として架けられた高麗橋は、江戸時代12あった公儀橋(幕府直轄管理の橋)の中でも特に重要視され、西詰には幕府の高札(公報板)が立てられたほか、西日本各地への街道の起点とされ、明治9年に道路の制度が敷かれてからはこれを表す里程元標が置かれた。その跡を示す碑が東詰北側に立っている。また、明治3年に大阪で最初の鉄橋として架設されたことも、大阪の橋の中での高麗橋の地位を示しているといえる。顕彰碑は里程元標碑横の橋詰広場の中に設置されている。なお、慶長9年当時の擬宝珠が大阪城天守閣に保管されている。

交通 京阪、地下鉄北浜駅下車、東へ300m
本町橋

現在の本町橋
 本町橋は豊臣時代にはすでにあったことが記録に残っており、江戸時代には公儀橋の一つになっていた。大正2年に架けられた現在の橋は現存する大阪の橋の中で最も古く、華麗な石の彫刻で飾られた橋脚を持つ堂々たるアーチ橋である。顕彰碑は西詰南側にある。

交通 地下鉄堺筋本町駅下車、東へ300m
今橋
   今橋は大坂の陣を表した絵図などにその名が見られることから、豊臣時代にはすでに架けられていたと推定される。江戸時代に入ると、今橋から西は鴻池をはじめ大きな両替商が軒を連ね、日本の金融センターになるほどの発展をとげた。顕彰碑は西詰北側の高欄に設置されている。

交通 宗阪、地下鉄北浜駅下車、東へ300m
大手橋
   大手橋は大阪城の正面、大手門に通じる道路に架かっている。江戸時代、この橋は思案橋とも呼ばれたが、それは西詰がT字路になっているために東から橋を渡ってきた人が北へ行こうか南へ行こうか思案したためという説がある。東詰南側に顕彰碑が立っている。

交通 京阪、地下鉄北浜駅下車、今橋から南へ300m
農人橋・久宝寺橋
   農人橋もまた江戸期には公儀橋として重要な橋であったが、その名が示すようにそれ以前は農民が利用する粗末な橋であったらしい。顕彰碑は東詰南側にある。久宝寺橋の名の由来は、近くに久宝寺という寺があったからとも言い、東横堀開削の際、河内の久宝寺(現在の八尾市)から来た工事関係者がこの辺りに住み着いたからとも言う。顕彰碑は東詰北側にある。

交通 地下鉄堺筋本町駅下車、中央大通を東へ300mで農人橋、さらに南へ300m行くと久宝寺橋
九之助橋・瓦屋橋
   九之助橋の名は、この橋と何らかの関係がある人の名前からきているとも思われるが詳しいことは分からない。現在の照明灯は大正時代の姿をもとにデザインしたもの。また、西詰にあった住友銅吹所(銅の精錬所)にちなんで高欄に精錬風景を表現したパネルがはめ込まれている。顕彰碑は西詰南側にある。瓦屋橋の東詰一帯は、江戸時代幕府の御用瓦師寺島藤右衛門の請地であり、瓦の生産が盛んであった。このことから、瓦屋橋の高欄と親柱は瓦をモチーフにしたデザインとなっている。顕彰碑は北側の高樹にはめ込まれている。

交通 地下鉄松屋町駅下車、南へ200m(九之助橋)、500m(瓦屋橋)

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