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大阪の橋/歴史と文化を見る

大阪の橋

木津川付近と大阪市南部 page  1 2

安治川橋・極楽橋
   安治川橋は元禄11年(1698)にはじめて架けられた。明治に入るとこの辺り一帯は外国人居留地として、洋館が建てられ舖装運路も建設されて大阪の文明開化の拠点となった。明治6年に架けられた橋はマストの高い船が通れるように一部が旋回橋になっていたため、回転の際の動きを貝て当時の人は「磁石橋」と呼んだという。この橋は明治18年の大洪水のときに通水のために爆破され、その後木橋として復活したが、それも明治末期ごろにはなくなってしまった。その後ここには橋は架けられず、西区側に顕彰碑が建てられている。福島区玉川4丁目、あさひ銀行の北東角に「極楽橋遺趾」と書かれた大きな石碑が立っている。極楽橋は旧野田村の水路に架かっていた橋と思われるが、詳しいことはよく分からない。

交通 安治川橋は地下鉄阿波座駅下車、西北へ500m。極楽橋は地下鉄玉川駅下車すぐ

明治初年の安治川橋(神戸市立博物館蔵)
木津川橋・松島橋
   木津川橋は慶応4年(1868)に架けられたとき大橋と呼ばれていた。大正2年、市電事業により本町通がつくられたときに立派なアーチ橋になった高潮対策事業で昭和41年に架け換えられ、現在に至っている。先代のアーチ橋のデザインは今の橋(東横堀川)に見ることができる。顕彰碑は北側に設置されている。かつて松島橋の辺りは樹齢300年といわれる名松あったことから松島の地名がつけられた。明治に入って木津川の渡しを廃止し、松島橋が架けられた。西詰の公園内に入るとすぐ北側に顕彰碑がある。

交通 木津川橋は地下鉄阿波座駅から北西へ300。松島橋は地下鉄西長堀駅から西へ500m
大正橋
 旧大正橋は、工業地帯として急速に発展していた大正区と旧市内とを結ぶ幹線道路として、大正4年に始めて架けられた。支間長90mという当時日本で最大のアーチ橋であったが、設計基準の確立されない時代に設計されたということもあって傷みが激しく、都市計画道路の拡幅を機に下流側に新しい橋が架けられ、昭和46年に撤去された。その後上流側への拡幅が行われ、昭和52年に現在の姿になった。東詰北側には小広揚が整備されたが、その中には安政2年(1855)に、前年大坂を襲った大津波の模様を記録した大きな碑が建てられている。

交通 JR、地下鉄大正駅下車、北へ200m、地下阪ドーム前千代崎駅下車、南へ200m
雑喉場橋
   雑喉場橋のあった辺りは、江戸時代には雑喉場の魚市と呼ばれ、大坂三大市場の一つとして大坂人の台所をまかなっていたが、昭和6年に中央卸売市場の開設によりその歴史を閉じた。本町通北側歩道には、顕彰碑とともに大正11年に改築されたときの親柱と当時の照明灯が復元されている。

交通 地下鉄阿波座駅下車、北西へ200m

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